2007年1月14日から25日の12日間
旅をした夫さんのインド旅行記です







彼ら(ルシアン注:夫さんをつかず離れずでマークしていた3人の土産物屋の男性 前回登場したこの写真のおじさんたち→)と話すうちに、
スジャータ村(=
セーナー村、
スジャータは仏陀に乳粥を与えた娘の名前)まで案内するということに・・・
以前は牛の飼育場だったという大きな建物の中を通ると裏のナイランジャラー川に向かって、ヒンズー教の神様が奉ってあった。
とても古いもので由緒あるものだと案内のムスリムオヤジはさかんに強調していた。確かにそう思ってよく見ると整ったいい顔をされている。
この3人の土産物屋オヤジのうち2人は同じ村出身で、ひとりはムスリム(ルシアン注:イスラム教徒)、ふたりはヒンズー(ルシアン注:ヒンドゥ教徒)だ。
スジャータ村へ行くのにはナイランジャラー川を渡るのだが、橋まで行くと遠回りになるので、乾季のため水がない河原を歩いて対岸へ向かう。さらさらの細かい砂に足をとられる。
インドの道は黄土色の土で、それが細かな砂になり農家の壁土になるのだろう。日干し煉瓦やチャイの素焼きのカップの赤味を帯びた土の色も素朴な魅力がある。
インドの色は?と問われれば、この土壁の色とわずかに赤みを帯びた日干し煉瓦の色を想う。
スジャータ村に入ると
インドの田舎があった。藁のうえに男が寝そべり、女は井戸端で話をしている。土塀と藁葺きの家。牛がのんびりと草を食む。これこそ秋野不矩さんの世界だ!!
※ルシアン記 夫さんの旅日記では
セーナー村と記されていましたが、観光案内等を調べますと
スジャータ村となっています。
セーナー?スジャータ?どっちよ?どうやら
セーナーが村名でスジャータが仏陀に乳粥を与えた娘名のようです。
今回は
スジャータ村で統一しました。そして秋野不矩さん。夫さんが
インドを旅する数年前にふたりで浜松市天竜区二俣にある
秋野不矩美術館を訪れました。美術館で見たインドをテーマにした絵がやはり夫さんの心を捉えたようです。
以前にも書きましたが、秋野不矩さんがガンジス河を描いた傑作「ガンガー」は今でも目に浮かぶほど印象深い作品でした。だからと言って、インドに行きたいとかガンジスをこの眼で見てみたいとは私は決して思わなかったよねえと(笑)
to be continued・・・
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